小児福祉用具 車椅子/自操・介護 アクティブな方向け車いす

 
上川 良二さん(長崎在住)無限工房 販売推進部門長:

車いす工房の仕事、車いすの調整作業は、車いすに乗ったままだと無理だから、今は台を探すね。椅子をひっくり返したり、車の荷台を台代わりにしたり工夫しながら仕事をしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■車いすの生活になったのは?

22歳の時から。病気になって、その後障害者になりました。高校1年の時に親指から麻痺が始まったんですが、その時は歩けたんです。でも脚の感覚がなかったのでよくつまずいて転んだ。病気になって、ショックだったね。というより、痛みがすごいし、寝られないし、それが5年ぐらい続いた。手術して、腫瘍をとった。「脊髄腫瘍」。その当時の医療では、手術しても一生コルセットで、歩けないって言われていたし、もちろんMRIなんてなくて、レントゲンをとってみて、あとは実際に手術して骨を削ってみて腫瘍がわかる程度だったから辛かった。高校生の時から歩きづらくなって、大学の2年の時には歩けなくなった。入院した時、「あんた車いすや」って言われて・・・。それまでは、車いすなんて頭になかったもんね。見たことはあったけれど、自分の意識には入っていなかった。それまでは松葉杖で歩いていたけれど、杖だとよく転ぶので、地面ばっかり見て歩いていてね。 歩くのももう必死だった。15メーター歩いては、手や体が痛くて止まって休んで。大変だった。だから、車いすに乗った時にはびっくりしたね。自由に動ける自分に「ヤッター」って思って、病院の中を走り回ってたもん。ただ、やっぱりお尻が痛くてね、30分も座っていられないとは思った。その当時の車いすはシーテョング゙も何もない、病院の鉄の車いすで座布団もなくてね。

 

 ■初めての車いすは?

日進の40cm幅(のスタンダード車いす)。クッションは付いていたけど。自分のお尻に肉がまったくないし、痛かった。だから車いすに座るということが訓練だった。その当時は身体不全だったから、立てるけれど歩けないし、車いすでの生活は本当に痛かった。激痛だった。1回痛くなったら、もう二度と車いすには座れない状態で・・・。
それに、褥瘡だらけになってしまって、クッションがあっても、仙骨が背シートに当たっていた。仙骨は誰でも褥瘡ができる場所なんだけれど、身体の状況にもよるから僕の場合は普通以上にできた。でも今のモジュラー車いすに乗ったら褥瘡はできなくなったよ。

 

■車いすの訓練とかは?

親指の巻爪で長崎の病院に行ったの。その時、「そのままではダメだろう、車いすの訓練が必要だから入院して」と、その場で言われて、車いすの訓練をした。座布団を買って来て、鉄の車いすで。でも当時、実家はバリアフリーでもないし、そのままではトイレもできないので帰れない。(最終的に帰る時にはポータブルトイレを買ってもらいましたけどね。) だから、更生相談所の寮に三ヶ月ぐらい入っていて、その間に車の免許をとった。

 

その後、先生に紹介されて、埼玉県の国リハで彫金士の職業訓練をした。そこで、バスケットも始めたの。その時、バスケットも生活も両方できるっていうステンレスの車いすを作ってもらった。それが失敗。競技用と日常生活用を一緒にしちゃって・・・・。見るも無残な車いすだったけどしかたがないからしばらく使って、その後、長崎に帰って来てから作り変えましたね。家は当時、親もバリアフリーとか分らないし、役所に聞いて手すりをつける位置とか聞いて付けたりした。でも、階段も上がれないので、家の中では這いずって移動していました。実は、短下肢装具があることも知らなくて、僕の場合「そのうち車いすになるからって」いうことで、歩く訓練は全部排除。当時もみんなは三点歩行訓練とかやっていたんだけど、僕の場合、良かったのか悪かったのか、すぐに車いすの訓練。先生が移動のこと考えて「車いすにした方がいいよ」って言ってくれて・・・・。今はすごく感謝していますね。

 

■今の生活はバリアフリー?

普通のマンションに少し手を加えて生活していますが、ユニットバスだから、バスタブが高くてお風呂には入れない。シャワーだけ。リフトをつければ入れるけどね。玄関には車いすを乗換える場所が無いので、この車いすをそのまま使っています。家の中はフローリングだし、そのままでもそれほど汚れないし、お風呂も、シャワー椅子置いて、そこでシャワー浴びて終わり。長崎のマンションは、新築も含めてよっぽどいいマンションでないと、エレベーターホールに入るのに必ず階段がある。だから賃貸だとバリアフリーの玄関なんてほとんどない。今住んでいるところは、賃貸だけどエレベーターホールに入れることを優先して選んだから、お風呂は入れない。しかたないね。ホテルだと、シャワーがバスタブの上に付いてるところが多いので、そのまま入れるからまだいいですよね。入れるようなお風呂のあるところだと、何とかして入ろうかと思いますね。あとね、駐車場の問題。長崎の駐車場は1台ぎりぎり。だから車いすで乗り降りするスペースが無いところが多くて大変です。

 ■車いすでの仕事は?

今は褥瘡が怖いから車いすから降りての仕事はしなくなりましたね。昔は車いすから降りてむちゃくちゃ仕事していた。クッションをお尻の下に敷くこともなくて。で、もちろん褥瘡ができた。車いすの調整とか車いすの作業は、車いすに乗ったままだとほとんど無理だから、今は台を探すね。椅子をひっくり返したり、車の荷台を台代わりにしたりして仕事しています。

 

■今、思うことは?

長崎には昔、障害なんて言葉はなくて、差別用語ばかりだった。今はいいよね。この20年で本当に変わったね。車いすでも自分でやりたいことができるし、好きなところに行ける。バリアフリーのトイレはあるし、エレベーターもある。僕は、大学の階段が上がれなくなってやめた。今は多少のことはあるけど、自分の意思で生活してます。

 

車いすユーザーストーリー


User's Storyに
登場いただいた皆様

 

 

久保 里司さん(長崎在住)
Link


 

日野 賢一さん(茨城在住)
Link

 

 

高橋 洪善さん(大阪在住)
Link

 

 

吉川 光昭さん(静岡在住)
Link