小児福祉用具 車椅子/自操・介護 アクティブな方向け車いす

 
高橋 洪善さん(大阪在住)

株式会社 シーケンス:

スウェーデン行った時に、意外とバリアフリーじゃないってことに気が付いたんですよ。でも、メンタル面のリハビリがすごくしっかりしているから、障害者が普通に外で生活できていたよね。

 

 

■車いすとの出会いは?

1歳の時にポリオにかかって、先天性みたいなもんだから「車いすで大変ですね」って言われても何が大変か分からん。その当時は幼稚園や保育所に行く子もいなくて、路地が保育所みたいなもの。近所のおばあちゃんが子ども達の面倒を見てくれて、僕が乳母車に乗っていると友達が後から押してくれたりした。自分は歩けへんから一緒に這いずり回って遊んでいた。腕力が付いたね。近所の友達と育っていたので、障害者の差別とかいじめとかなかった。友達には「こいつは歩かれへん」ぐらいに思われていたし。

 

7歳頃に大阪の養護学校に行った。親元を離れるショックがちょっとあったけど、学校に行ったら「車いす」があって、「なんて楽な乗物」って感動した。それまで人に連れて行ってもらうか「這う」しかなかったのに、びゅんびゅん走ってどこでも行けるようになった。好奇心旺盛な子供にとって自分の意思と力で移動して好きなことできる、これが嬉しかったね。


その頃、股関節の伸展を促す手術して、装具つけてクラッチで歩行訓練をした。腕力があるからあまり苦労しなかったけど、歩けるようになった車いすは取上げられちゃった。今もそうかもしれないけど、「障害を認めた上で生活しやすい方法を選択すること」は認めてはくれないでしょう。装具をつけたら車いすはダメで、だからその後はクラッチで歩いていた。

 

 ■初めての自分の車いすは?

側湾の手術で小学6年から中学1年まで2年入院。その後、運がよくて地域の中学校に編入させてもらえた。その中学が距離的に遠いし、荷物を持って雨が降ったら通学できないので初めて自分の車いすを申請して作った。当時のアルミ製はすぐ壊れるから鉄の塊の車いす。学校では階段もあるし、クラッチと併用していた。

昔の障害児はどこも受け入れてくれなくて、学校も就学免除。よほど自分達で行きたいって動かないと入れてくれない。施設に行くか家にいるかしかなかった。僕らの時代は就学運動の全盛期だったけど、肢体不自由でもある程度自分の身の回りのことができる子だけだった。だから中学では友達もみんな健常者だったよ。でも全然普通やった。当時、友達はみんな自転車に乗っていて、車いすだったらついて行けるので車いすに乗ることが多かった。「絶対こいつらと遊びたい」という気持ちで必死に漕いで、友達も引っ張ってくれた。その後も、車に乗る先輩が僕も乗れるように車を改造してくれて、派手な車に車いすを積んで一緒に走って歩いた。
高校を出てから車いす1本になり、行動力も増えて範囲も広がった。途中でアルミの車いすにしたけど、1年ぐらいで壊れて修理ばかり。だから鉄の塊に戻って乗っていたけど、座布団敷いても腰が痛くてね、大変だった。

 

■満足のいく車椅子になったのは?

今から15年ぐらい前までは無かったね。日本の車いすはダメで、パンテーラ製、それに初めて満足いったね。その頃、日本にもモジュラー車いすはあったけどフレームが弱くてね。オーダーメイドも、僕の場合、体が大きかったから成長を見込んであらかじめ大きい車いすを作ってくれるから身体に合わなくてね。昔は満足のいく車いすにするのにすごく苦労したけど、今は楽になったよ。

 

■障害を持っての仕事は?

昔は別業界にいた。障害関係の会社で仕事をすることになって。はじめは障害者の家の改築をしていた。「あそこは障害者がやっているから障害のことをよく分かっている」って言われた。で、いろいろ勉強して、今の会社では高齢者の車いすのシーティングを中心に仕事をしている。僕の場合、車いすから降りて仕事できるから、普通の人と変わらない。

 

 ■家はバリアフリー?

生活には困らないからあまりしてない。入り口のエレベーターとトイレだけかな。お風呂も腕の力で入れるし。

 

■今思うことは?

障害受容って、メンタル面のリハビリと身体面のリハビリの両方が必要だと思う。実は、スウェーデン行った時に、意外とバリアフリーじゃないってことに気が付いたんですよ。でも、メンタル面のリハビリがすごくしっかりしているから、障害者が普通に外で生活できていたよね。それと、自分が何をしたいか、どうしたいか。それってとても大切だと思うよ。

 

車いすユーザーストーリー


User's Storyに
登場いただいた皆様

 

 

上川 良二さん(長崎在住)
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久保 里司さん(長崎在住)
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日野 賢一さん(茨城在住)
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吉川 光昭さん(静岡在住)
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